大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(ネ)2404号 判決

控訴人(原告) 株式会社平凡社販売東京

右代表者代表取締役 小宮隆

右訴訟代理人弁護士 村山幸男

同 渡邊三樹男

被控訴人(被告) 開隆堂出版株式会社

右代表者代表取締役 中村周子

被控訴人(被告) 中村隆弘

被控訴人(被告) 中村周子

右三名訴訟代理人弁護士 宮田耕作

同 宮田桂子

被控訴人(被告) 株式会社チヨダ・エイジェンシー

右代表者代表取締役 窪島一系

右訴訟代理人弁護士 錦織淳

同 深山雅也

同 原田勉

同 山内久光

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して三七〇八万円及びこれに対する平成五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり訂正する。

一  原判決の訂正

原判決六枚目裏八行目の「被告チヨダ」から同七枚目表一行目までを「①控訴人の被控訴人チヨダに対する支払済みの代金四四八〇万五〇〇〇円から販売完了した二二〇セット分一八六九万四五〇〇円を控除した二六一一万〇五〇〇円(三〇七セット分)及び②右三〇七セット分につき定価により販売すれば得られた利益九四八万六三〇〇円(一セットにつき定価の二〇パーセントが利益であるから、三〇七セット×一五万四五〇〇円×〇・二=九四八万六三〇〇円)の損害賠償責任を負うべきである。なお、控訴人は、本件訴状及び控訴状においては、支払済在庫分を三二〇セットとして損害額を計算したが、その後、被控訴人チヨダに対する手形異議申立証拠金預託分一〇八万一五〇〇円の戻りがあったため、控訴人の損害額を右のとおり訂正する。」に改める。

二  当審における当事者の主張

1  控訴人

(一) 被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約の解除と錯誤無効

(1) 解除

被控訴人チヨダが、控訴人に対し、被控訴人開隆堂らが定価販売に違反しないように、開隆堂・被控訴人チヨダ間の新契約において、本件書籍を明確に再販売価格維持商品とする契約を締結し、かつ、被控訴人開隆堂らが、定価販売に違反しないように監視する義務を負っているにもかかわらず、右義務を怠った結果、被控訴人開隆堂が本件書籍の四割引き販売を行ったのであるから、控訴人は、当審における平成八年一月二二日の第七回口頭弁論期日において、被控訴人チヨダの右債務不履行を理由に、被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約を解除する旨の意思表示をした。

したがって、被控訴人チヨダは、控訴人に対し、本件書籍の代金支払済み分計二六一一万〇五〇〇円(ただし、販売を完了した二二〇セット分は除く。)及び販売未了分の販売により得べかりし利益(九四八万六三〇〇円)を賠償すべき責任を負うことになる。

(2)錯誤

仮に、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約が再販売価格維持契約でないとすると、控訴人は、被控訴人チヨダから、本件書籍が再販売価格維持商品であるものとして購入したのであるから、被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約は、要素に錯誤があるものとして無効である。

したがって、被控訴人チヨダは、控訴人に対し、前記のとおり、本件書籍の代金支払済み分等を支払わなければならない。

(二) 被控訴人開隆堂、同隆弘及び同周子の信義則違反の主張は争う。

(三) 同緊急避難の主張は争う。

2  被控訴人開隆堂、同隆弘及び同周子

(一) 信義則違反

控訴人は、本件書籍を二割引きで販売したところ、仮に、本件書籍の販売において再販売価格維持契約が締結されているのであれば、控訴人の右二割引き販売は違法であるから、違法な割引販売を行った控訴人が再販売価格維持契約があったと主張することは、信義則に反して不当である。

(二)緊急避難性

本件書籍は、統計を駆使し、非行等の問題行動という時節を反映する内容を持ったものであるから、出版後半年ないし一年が販売の勝負であると考えられ、その販売員も、本件書籍のごとき大型の一般書籍の販売の経験がなく、売上が伸びなかった上に、本件書籍の保管料が月々四一万二〇〇〇円と高額であり、その負担は大きかった。そこで、被控訴人開隆堂は、本件書籍を四割引きで販売することとしたのであるが、その販売に当たっては、控訴人の販売を害さないように、販売対象や期間等を限定して割引販売を行った。

以上によれば、被控訴人開隆堂の右四割引き販売のチラシ頒布等は、やむにやまれぬ緊急避難的なものであったというべきである。

第三当裁判所の判断

一  被控訴人開隆堂の四割引き販売までの経緯について

原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の一に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正する。

1  原判決九枚目裏六行目の「締結された。」の次に「ただし、右契約書(甲第二号証、乙第二号証)には、『小売現金定価 一セット一五四、五〇〇円(本体一五〇、〇〇〇円)』の記載がある。」を、同七行目の末尾に続けて「しかし、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約を締結した際、本件書籍を再販売価格維持契約の対象からはずすかどうかについては、契約当事者間で格別議論したことはないし、前記自主基準に従って定価表示の抹消をしなかったし、控訴人に対して非再販売価格維持出版物とする旨の通知等もなされなかった。」をそれぞれ加える。

2  原判決一〇枚目表二行目の「本件書籍自体には、定価の表示はない。」を「本件書籍は、全二六巻の書籍であり、一冊ごとに定価の表示はなかったものの、販売用のカタログには現金定価と表示して売り出されており、本件書籍のようなセットの出版物の場合には、右のように定価表示されるのが通例である。」に改める。

二  本件書籍の再販売価格維持商品性について

被控訴人開隆堂が行った本件書籍の四割引き販売が不当廉売になるか否かについては、本件書籍が開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約において再販売価格維持出版物(以下「再販出版物」という。)であるか否かが重要な判断要素となるので、本件書籍の再販出版物性について判断する。

乙第七号証、第一六号証及び第一七号証によれば、次の事実が認められる。出版業界においては、かつては、漫然と全ての出版物が再販売価格維持契約(以下「再販契約」という。)の対象であるとされていたが、非再販出版物の需要が高まるにつれて、再販出版物と非再販出版物との区別をする必要に迫られ、公正取引委員会の行政指導の下、従来の慣行も踏まえて、再販出版物自体に出版社が「定価」という表示を用いて販売価格を指定した出版物に再販出版物を限定し、再販出版物も、出版社の意思で一定の手続により非再販出版物化できるということが出版業界の基準として了承され、これに基づいて再販契約が行われるようになった。そして、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、日本出版取次協会及び日本書店組合連合会で組織する再販売価格維持契約委員会において、「出版物の価格表示等に関する自主基準」(以下「自主基準」という。)と「出版物の価格表示等に関する自主基準実施要領」(以下「実施要領」という。)が作成され、昭和五九年七月一二日と同年一一月二七日にそれぞれ公正取引委員会で了承された。

自主基準及び実施要領によれば、再販出版物とは、出版社が再販売維持価格(小売価格、以下「再販価格」という。)を定め、それを維持するために、販売業者との間で締結した再販契約の対象となる出版物をいうとされ、再販出版物に付する小売価格には、「定価」の表示を用いるものとし、「特別定価」、「一時払い予定定価」等、「定価」と同様の表示を含む用語は、「定価」の表示と同様に取り扱うこととされている。そして、出版社は、いったん定価を定めた出版物について、発行後、出版社の自主的な判断により、それを取り消すときは、「定価」の表示を抹消するか、あるいは抹消に代わる措置として、一定の様式の押印(B印)等をし、非再販出版物については、希望小売価格を定め、「定価」、「正価」等拘束価格を意味する表現又は表示を用いてはならないとされている。また、出版物の再販契約書のひな型では、出版社が再販出版物を非再販出版物とした場合には、右押印等の措置のほかに、出版社から取次業者に対するその旨の通知が必要であるとされている。

ところで、乙第一六号証によれば、自主基準及び実施要領は、出版業界団体等が出版社等の自主的遵守を期待して定めたものであるから、直ちに書籍販売契約の当事者を拘束するものでないことは明らかであるが、出版業界等のそれまでの慣行等を踏まえて作成されたものであり、乙第一七号証によって認められる自主基準等の制定経緯等に照らすと、出版業界等において自主基準等に従って書籍販売契約が締結されていることが多いものと推認される。

そこで、右認定の事実をもとに、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約において、本件書籍が再販出版物とされていたか否かにつき検討するに、①自主基準等からすると、再販出版物にしか用いてはならない「定価」表示が、前記認定のとおり、開隆館・被控訴人チヨダ館の新契約においては、「小売現金定価」としてされていること、②前記認定のとおり、本件書籍のごときセット商品の場合には、各冊ごとに定価を表示することはせずに、カタログ等にセット定価を表示することが多いところ、本件書籍も、各冊ごとに定価表示はなかったものの、本件書籍のカタログには、「定価」表示がされていたこと(乙第一八号証)、③前記認定のとおり、開隆館・被控訴人チヨダ間の旧契約が再販契約であることは明らかであるところ、これを非再販契約に変更すれば、小売業者等に大きな影響を与えるにもかかわらず、新契約締結に当たって、契約当事者間で非再販契約化するについて特に話し合いがされたとは認められないこと、④前記認定のとおり、被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約が再販契約であることは明らかであるところ、仮に、その契約の前提をなす開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約が非再販契約であるとすると、被控訴人チヨダは、定価を基準とした価格で購入することが義務付けられている控訴人を欺いたことになるが、被控訴人チヨダが控訴人を欺かなければならない理由がないこと、⑤被控訴人開隆堂らは、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約締結後、自主基準等に定められた「定価」表示の抹消やそれに代わる措置をとることなく、控訴人等に対して非再販化の通知もしていないこと、を総合すると、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約は、再販契約であると認めるのが相当である。

これに対し、被控訴人開隆堂らは、本件書籍が非再販出版物であるとして、①本件書籍販売のごとき直販ルートでは、契約に明示しない限り、再販出版物にはならない、②控訴人自身も、本件書籍を割引販売している旨主張する。

しかしながら、①乙第六、第七号証によれば、直販ルートは、再販契約の必要性等において通常ルートとは異なるものがあると認められるものの、出版業界等において、出版物を再販出版物化するに当たってとるべき措置等について、通常ルートと直販ルートを特に区別していると認めるに足りる証拠はないし、②控訴人の右割引販売も、本件書籍につき再販契約を締結している被控訴人チヨダに対する債務不履行を構成することはともかく、このことから直ちに開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約が再販契約でないことにはならないから、被控訴人開隆堂らの右主張は採用できないというべきである。他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被控訴人開隆堂らの割引販売の違法性について

開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約は、前記認定のとおり、再販契約であるところ、被控訴人開隆堂がチラシを頒布して本件書籍の四割引き販売を始めた平成四年一〇月ころは、被控訴人チヨダの買取保証期間中であり、被控訴人開隆堂は、控訴人が被控訴人チヨダから購入して本件書籍を販売し、その卸値も、被控訴人チヨダへの卸値(定価の四五パーセント)に被控訴人チヨダのマージンを乗せたものであると理解していたのであるから(乙第一五号証)、出版社が本件書籍を四割引きで販売すれば、小売業者である控訴人が本件書籍の販売競争上出版社に対抗できなくなり、大幅な割引販売や販売中止を余儀無くされるなどして、重大な損害を被ることを容易に予見できたというべきである。

さらに、前記認定のとおり、自主基準等によれば、再販出版物を非再販出版物化するに当たっては、出版社が小売業者等の利益を守るために、小売業者等に対する通知を要するとされているところ、被控訴人開隆堂が右四割引き販売を実施するに当たり、小売業者である控訴人らに通知し、その対応策を検討する余裕もあったと認められるのであるから(乙第四号証、第一五号証、弁論の全趣旨)、右通知等によって控訴人らへの影響を最小限にとどめることも可能であったと認められる。

以上によれば、被控訴人開隆堂の右四割引き販売は、出版社が不当な廉価で再販出版物である本件書籍を販売し、小売業者である控訴人の利益を侵害するものとして、違法性を有するというべきである。

四  被控訴人隆弘、同周子及び同チヨダの責任について

乙第四号証及び第一五号証によれば、被控訴人開隆堂の右四割引き販売は、開隆館の提案で被控訴人開隆堂の了解を得た上で、被控訴人開隆堂名義で行ったものであることが認められるが、被控訴人開隆堂の代表取締役である被控訴人隆弘及び周子に商法二六六条の三第一項所定の悪意又は重過失があったと認めるに足りる証拠はないし、他に被控訴人隆弘及び周子に控訴人に対する不法行為責任を負わすべき故意又は過失があったものと認めるに足りる証拠もない。

次に、被控訴人チヨダの不法行為責任について判断するに、乙第一八号証、原審における証人新城紀雄の証言及び前記認定事実によれば、被控訴人開隆堂の右四割引き販売に被控訴人チヨダが関与したことはないと認められるし、被控訴人チヨダが、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約において、その契約書に再販契約である旨を明示した条項を記載しなかったとしても、前記認定のとおり、契約書等において「定価」表示がされることによって再販契約とされるという出版業界等の当時の一般的認識に照らすと、被控訴人チヨダが右契約書において「小売現金定価」の表示がされ、非再販化について開隆館から特段の指摘もなかった状況の下では、被控訴人チヨダが右契約書に再販契約条項を明記しなかった点にも過失があるとはいえないというべきである。いずれにしても、被控訴人チヨダは、控訴人に対し、被控訴人開隆堂の右四割引き販売について、不法行為責任を負う理由はないといわざるを得ない。

五  控訴人の損害等について

控訴人は、前記のとおり、被控訴人開隆堂の本件書籍の四割引き販売によって、①支払済み代金額四四八〇万五〇〇〇円から販売済みの二二〇セット分相当額(一八六九万四五〇〇円)を差し引いた額(二六一一万〇五〇〇円)と②右金額に相当する三〇七セット分(販売未了分)につき得られた利益(一セットにつき定価の二〇パーセント)九四八万六三〇〇円の各損害を被ったとして、被控訴人開隆堂らに対し、右損害の賠償を求めるので判断する。

甲第七号証、第九号証、第一六号証、乙第一五号証、第一八号証、原審における証人新城紀雄の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、①本件書籍は、統計等を駆使して非行等の問題行動等を分析した書籍であって、数年経過すれば統計が陳腐化し、非行の傾向等も変化するため、発売後二、三年間は販売が期待できるが、その後の販売はほとんど期待できないこと、②控訴人は、平成二年一二月から、月間二〇〇セットの販売計画を立てて販売を開始したが、販売ルートの開拓に苦戦し、いわゆる問題行動に対する学校側の対応が不熱心である上、教師個人が購入するには高額であるため、販売実績が上がらず、平成二年一二月から平成三年七月までの間に約四五〇セットを販売したにすぎなかったこと、③控訴人は、平成三年九月から、各県に代理店網を構築し、販売専従社員を増員するなどして本件書籍の販売に力を注いだが、販売実績は上がらず、控訴人が二割引販売を行った期間を含む平成四年一月から同年秋までの間でも、控訴人の社員による実売数は、わずかに約七〇セットであったこと、④被控訴人開隆堂は、平成四年一〇月ころから、全国の教育関係者や公立図書館などに約五〇〇〇枚のチラシを頒布し、四割引きの特別価格で本件書籍を販売したが、平成五年一月までにわずかに六セットを販売したにすぎなかったこと、⑤被控訴人開隆堂は、平成五年二月、将来本件書籍を販売することは不可能であると判断し、被控訴人チヨダの買取保証セット分を除き、大部分を廃棄したこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、平成四年四月以降は、本件書籍を定価の二割ないし四割引きという大幅割引で販売しても、ほとんど販売することができないような状況にあったとみられるから、被控訴人開隆堂が前記認定したような違法な割引販売を行わなかったとすれば、控訴人が平成四年一〇月以降、本件書籍三〇七セット分を定価で販売し、その定価の二〇パーセントに相当する利益を得られたであろうとは到底認めることはできないというべく、被控訴人開隆堂の右四割引販売と本件書籍の販売不能ないし損害との間に相当因果関係がないものと判断せざるを得ない。

六  当審における当事者の主張について

1  被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約の解除について

前記認定のとおり、被控訴人チヨダが被控訴人開隆堂の四割引販売に関与したり、それを容易にしたと認めるに足りる証拠がないのであるから、控訴人主張の債務不履行を理由とする解除は理由がない。

2  被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約の錯誤について

前記認定のとおり、開隆館・被控訴人チヨダ間の新契約は再販契約であり、本件書籍も再販出版物であったのであるから、本件書籍を再販出版物として締結された被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約には、控訴人主張の錯誤はなかったものというべきである。

3  信義則違反について

被控訴人チヨダ・控訴人間の新契約は、前記のとおり、再販契約であることは明らかであるから、控訴人が本件書籍を二割引きで販売したことは、被控訴人チヨダに対して、債務不履行の問題とはなり得る。しかし、買取保証をしている本件書籍を割引販売することによって、最も影響を受けるのは、買取保証をしている小売業者である控訴人自身であるのに対し、出版社である被控訴人開隆堂による割引販売は、その割引額(四割引き)が極めて大きく、買取保証をしている小売業者に与える影響は甚大であるから、小売業者である控訴人の二割引販売と同一視することはできず、控訴人が再販契約である旨主張することが、直ちに信義則に違反するとはいえない。

4  緊急避難について

被控訴人開隆堂は、売上不振の本件書籍を販売するためにやむを得ず右四割引き販売を実施したのであるから、緊急避難に該当する旨主張する。しかし、前記認定のとおり、被控訴人開隆堂は、右四割引き販売を実施する際、控訴人が被控訴人チヨダから被控訴人チヨダのマージンを乗せた卸価格で購入してこれを販売していることを知っており、自主基準等に従った小売業者等に対する通知等をする余裕もあったのであるから、小売業者である控訴人等に不利益を与えないように右通知等の措置をとるべきであったものと認められ、しかも、右四割引販売を実施しなければ、被控訴人開隆堂が経営上困窮して倒産するに至るような状況にあったものとは証拠上窺われないから、被控訴人開隆堂の右四割引販売は、緊急避難行為とは到底いえないというべきである。

七  結語

以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 瀬戸正義 西口元)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例